マルー・クインクエ【憂節】・・・1
――それから十日後
訓練部屋(トレーニングルーム)では、へとへとになりながらもランニングマシンで走り続けるれいりがいた
「まだタイマーならない~~~」
「後三分だ」
「その三分がなが……」 ぜーはーぜーはー
タイマーの確認をするソルム。
残りの数分が延々と続く錯覚に陥り、足の動きが覚束なくなっている
ピー
「…おわった………」 パタ
「…」
前に倒れると、ベルトに沿って床まで移動していった
「今日は外でお昼しよっか」 実習は苦手…
「御意」
やっと訓練が終わり一息吐くと、廊下を横切る人影を見つける
「あ、いざない! お昼まだなら外行かない?」
「パス」
「あ…そう?」
れいり達を見ずに声だけを発し、そのまま歩いて行く
「じゃ、行こっかソルム」
「…御意」
れいりは気にせず別入口へ歩き出すが、ソルムは遠くなるいざないを見つめている
――夕方少し過ぎた頃
コンコンコン
「れいりー」
ノックに気付き開けると、黒うさを持ったディックがいた
「ディックさん、どうかしました?」
「今日もいざない部屋いないの…」
「え?」
しょんぼりしてれいりを見ている
「昼、見かけましたけど…何でいないんだろ…」
「忙しいのかな…もう十日以上部屋いないの…」
「!?」
しゅんとし眉が下がるディックは目を赤くし今にも泣きそうだ
「私、いざないと全然会わないから良く分からなくて…ディックさん、明日見かけたら聞いてみます」
両手を広げ慌てるれいり。
ディックは黒うさに顔をくっつけ、涙が溢れてきた
「にしてもディックさんを泣かすとは許せん!!」
「…」
怒り出すれいりと必死で涙を堪えるディックを眺めるソルム。
遠くからやって来た人物も異様な雰囲気に何事かと足を急かした
「いざない君いないんですか」
「ジン!」
目を腫らしたディックに笑顔が戻る
「では僕が報告次いでに聞いてみましょう」
「うん!」
「ディックさん、今日は一緒に寝ましょうか」
「いいの? じゃ、部屋で待ってる!!」 わーい
「はい」
ジンホウが借りてる部屋へ大喜びで走って行った。寂しさ大で黒うさも一緒にいる
「ありがとうございます、ジンホウさん」
「いえいえ。それにしても忙しいのでしょうか、いざない君」
れいりはホッとしジンホウにお辞儀
「多分そうなんじゃないかと…今日お昼誘っても行かなかったですし…」
れいりの言葉にちょっと考える
「済ませてたのでしょうか」 では
「うーん、『パス』って言っただけで…きっとそうだと思います」
パタン
「…」
ジンホウと別れ、れいりは部屋へ戻る。
やり取りを見てたソルムは少々厳しい顔をしていた
――派長室
「では」 カチャ
「ありがとうございます」
「…ふむ」
派長室での用事が済み、部屋から出ると顎付近に指をくっつけ考えながら男子寮入口まで足を運ぶ
(――と言う事はいざない君いるんですね)
部外者はあまり入ってはいけない為、扉前で立ち止まり中の様子を窺っていた
(さて…どうしましょう)
マルー館内からやって来る足音に気付き振り向くと、全体派の団員と一緒にまいちとただおがいた
「丁度良い所に。少々お話したいのですが」
それぞれ挨拶し寮へと入っていく団員。
ジンホウはまいちに声を掛けると、二人は視聴室へと向かう
「おかち夫人に聞いた所、全体派はここ数日忙しくなかったとお聞きしたので――」
「はい」
「簡単に言いますと、いざない君何か変わった事無かったですか?」
「いえ、副団長は別段普通です」
「そうですか…こちらの部屋にさっぱり来てないと言う事でしたので、部屋に来たくない理由でもあるのかなって思ったんですけど…」
尋ねるジンホウにふとまいちは思案顔
「…」
「何かありました? どんな些細な事でも構いません」
にこりと笑いまいちの言葉を待つ
「私は当たり前の事でしたので、気にも留めてませんでしたが」
「――? はい」
「この前の混ざりを捕まえる時、副団長が襲われて気絶寸前までいきました」
『え?』と言う顔で当時を思い出す
「…確か、れいり君向かいましたね」
「はい、現状を見たれいりさんは」
〈いざないー〉 コンコン
寮では、いざないの部屋をノックする一丁がいる
「応援してました。訓練になると言って」
表情を変えず真顔のまいち
「私も副団長が気絶したら小屋に入ろうと考えてましたので、その間ずっとれいりさん傍観してました」
〈明日行くぞ〉
〈まじっすか!!〉
一丁の一言にいざないは喜びテンションが上がる
「思い当たるのはこれくらいです」
「ありがとうございます。恐らく“それ”が原因です」
理由が判明し苦笑い
「いざない君…傷付いたんだ」 繊細だなぁもう
「気絶してた方が良かったですね」
「ですねぇ」
「これがまいちさんだったら止めに入るんですけどねぇ、れいり君」
れいりの性質を語るがまいちは不思議そう
「見られてた事を知ったいざない君は大打撃だろうなぁ」 でも僕も見たかった♪
「れいりさん、あくまでも訓練として捉えてますね」
「そうなんです、全く前進しなくて。れいり君の上書きはいつになるやら」
「見てる限り副団長を今まで通り接してる様に見受けられます」
「いざない君に関しては本当見えないんですよ」
話の種にされてるれいりは、早めに布団へ入りクマを抱え眠っていた
「多分いざない君もその事気付いてるから余計に…」
目元と口は笑っているが大分困っている
「……どうしましょう」 うーん
*
――病院
「ゾノ=ハナ殿、改めて参った!!」
顔が埋まるくらい豪勢な棘無し薔薇の花束を持ち、一丁はいそいそとハナエンに渡している
「こんな立派な物を…ごめんなさいね」
「とんでもない! あなたにはこの様な花がとにかく似合う!! そうだ! この部屋を大輪の薔薇で埋め尽くそう!!!」
上体を起こし、控えめに受け取るハナエン。
ハイテンションの一丁の後ろでは一歩下がってタジタジのいざないがいる
小一時間
「有意義な時だった❤」
「うす!」
「まいち! ありったけの薔薇をハナエン殿の部屋に送るんだ」
「はい」
病室から出て来る三人。
サインをもらった一丁といざないはご満悦
「!」
入れ違いにやって来る二人を見た一丁は目がハートと化した
「ぬおお! あの時の小猫ちゃん!」
ウェルを連れて来た兵士にいざないが気付く
「オフィ」
「はっ」
オフィは右手を胸元へ置くと敬礼
「おおっ オフィ君か。元気そうだな」
一丁もオフィに気付くとオフィはお辞儀
「あんたが付き添いなったのか」
「はっ」
「小猫ちゃんがハナエン殿の娘とは、なるほど頷ける」 ベリーキューティー
うっとりとしウェルを見続ける
「団長、時間が迫ってます」
「あ…ああ」
ほっとくといつまでもいるであろう一丁を急かし、マルー集会へと三人は踵を返す
「では又会おう。小猫ちゃん、オフィ君」
オフィはお辞儀し三人を見送ると、病室の扉を開けた。
しかしウェルは未だ狙いを定め三人の背中を凝視する
さっ にぎ!
「何しやがるテメェ!!」 ばっ
突然の出来事にギョッとしたいざないは身を翻し、いざないがいた場所でしゃがむウェルに激怒。
目を丸くした一丁とオフィは硬直
「やっぱりお前のそれ、おかしくないか?」
掴んだ手はそのままで訝しむ。
いざないは頭が真っ白になり固まった
「普通はこうだろ」
にぎ!
「ぬおっ!!」
ウェルは身近にいた正常者を試す
「何たる手捌きっ もっとやってくれっ! 小猫ちゃん!!」
「ほら」
例を見せると、当の一丁は大興奮。
違う興味が復活したいざないは観察する側へと移行しかけた
「静かにして下さい!」
はっ
「オフィ! そいつを何とかしろ!!」
はっ
「…来なさい!!」
我に返ったいざないに言われ、同じく我に返ったオフィがウェルの腕を掴み急いで病室へ連れて行く
ピシャン
『あら、ウェル』
「今日は何たる良き日❤」 小猫ちゃーん❤
「……」
ハートを散らし大喜びで歩く一丁の後ろでは、顔面蒼白のいざないが重い足を動かしていた
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